恋の心理学/恋の診断/恋の真理

img01

マズローの愛についての考え方


 「精神的に健康な人びと」※の心理学を提唱したアメリカの心理学者アブラハム・マズローは、健康な愛情関係の基本に、陽気さ、楽しさ、喜びといったものがあることを強調しています。愛するということは義務ではなく、そこには無条件に心を楽しませる要素が含まれているというのです。

 ※「精神的に健康」というよりは、「精神的に成熟した」あるいは「成熟への過程をたどっている」と言い換えた方がよりこのテーマの内容に合致しているかもしれません。

 「理想的な愛とは、相手を所有することではなく、相手を肯定し、相手の人格を尊敬することであり、しかも相手に積極的に関わることに大きな喜びを感じることだ」というのが、マズローの考え方です。

 もちろん、付き合い始めたカップルはお互いに愛し合いたいという強い欲求を持っているはずです。けれども、どのように愛せばいいのか、愛し方がわからないことがあるのではないでしょうか?

 というのも、愛し合っているはずなのに、カップルの間では、傷つけあったり、好きな人からないがしろにされたり、感情的にこじれてしまったり、相手から乱暴に扱われたりすることすらあるものです。

 いったいなぜなのでしょう? 愛し合っているはずなのに。

 マズローによれば、精神的に健康な成熟した男女だけが、自由に、そして自然に、愛し合えるのだそうです。

 「精神的に健康な男女」とは、自己実現した人、あるいは自己実現の過程にある人々ということになります。

 では、自己実現とはどういうこと?

 自己実現とは、「自らの潜在能力を現実のものとし、創造的で個性的な人格の完成に向かうこと」です。言い換えれば、自分のもっている能力を最大限に発揮して、本来なるべき自分になるということです。

 ほんとうに愛しあうことができるのは、豊かな人間性を築き上げ、自分のもつ能力をフルに生かし切った、あるいは生かそうとしている男女だけであるということになります。

 なんか、めちゃくちゃハードルが高い感じがしますね。

 でも、たしかに愛し合っているはずのカップルの間で、互いに傷つけあうようなことをしたり、相手をないがしろにしたり、感情をこじらせたり、言葉や物理的なDVのようなことが生じるとすれば、それは精神的な未熟さ、未発達ゆえと考えれば納得はいきます。

 仮に、マズローの説く理想の愛を自己実現愛と呼ぶことにすると、自己実現愛とは次のようなものになります。

●目新しさよりも親密さ

 ・本来、愛には恐れや不安がありません。愛する人とともにいるときには、自然な自分でいられます。相手の前で自分自身をよく見せようとする必要はなく、肉体的な欠点や心理的な弱点もさらけだせます。

 ・ふたりは自己防衛したり、隠し立てをしたり、相手の言葉や行為を警戒したり、一緒にいるときに緊張することはありません。二人の間には、信頼がなりたっています。

 ・二人にとって「愛する」ということは相手を充分に理解し、受け入れていることであり、「愛される」ということはそれと同じように相手に充分に理解され受け入れられている状態です。

 ・二人の関係は時が経つにつれ深まってゆきます。ふつう恋愛の精熱はつきあう期間がながくなるほど冷めていく傾向があります※が、マズローの言う精神的に健康な人の愛は、関係が長くなるほど、より満足度が増していくものなのだそうです。

 ※特定の相手に対するセクシャルな関心は3年以上続かず、その後は倦怠期になるという説があります。したがって、結婚後3年経った頃に夫婦は離婚の危機を迎えるというわけです。でも、そこをうまく乗り越えることができれば、マズローの自己実現愛をめざすことができそうです。

 ・自己実現愛のカップルの間では、性的な関係は目新しさよりも親密さによって、官能的な満足が得られることになります。※

 ※一般に、新奇さ要因というのは、セクシャルな興奮が高まる要因となっているものです。出会って間もないカップルは、セクシャルな衝動によって結び付きやすいけれど、付き合いが長くなるにつれ次第にその頻度は少なくなっていく場合が多いということです。相手が変われば、またセクシャルな衝動が高まるということは、よく知られていることです。

 しかし、それは自己実現愛とは異なるものだということになります。たとえば、「お前にはもう飽きた」というような男は、自己実現愛の相手には向きません。主に性衝動でつながっているカップルは、やがてお互いに飽きがくることになるでしょう。

●やさしさと喜び
 
 マズローは、精神的に健康な人びとにおいては、性と愛は完全に融合すると言っています。性的衝動と愛情は、本質的にはまったく異なってはいるが、両者は互いに依存しあうものだというのです。

 このような人びとは性を心から楽しむことができ、性的な行為から充分な満足をひきだすことができます。が、かといって、性はなんら人生において中心的役割を果すものではないのだそうです。

 性は水や食べ物と同じ基本的な欲求であり、その満足は当然のことと考えられています。人が生きていくうえでは、栄養を補給することが不可欠で、そのために料理を楽しむことができます。

 けれども、食事が人生の中心事だというわけではありません。これと同じように性的欲求の満足は当然のことであり、それを楽しむこともできるものだというわけです。

 また、精神的に健康な人びとの愛の特性は、男女の性役割にまったくとらわれるところがないということです。たとえば、愛において女性が受動的であり、男性が能動的であるというようなことはないのです。

 本当の愛は能動的にも受動的にもなれるものです。自己実現愛のカップルの間ではそのことがベッドの上での行為においてもはっきりと表現されることになるでしょう。

 そして、精神的に健康な人びとの愛には、やさしさや喜びがあり、二人が一緒にいることによって生じる幸柚感や満足感は、ずっと持続するものなのだそうです。

 いかがでしたか? マズローの自己実現愛はなかなかハードルが高い感じがしますが、自分が付き合っている人との間で行われていることや感じていること、交わされる会話などで、そこに愛があるのかどうか、愛と愛ではないものを区別するためには、大いに参考になるところがあるのではないでしょうか?

参考図書:『人間性の心理学―モチベーションとパーソナリティ』
(A・H・マズロー著)

『マズローの心理学』(フランク・コーフル著)
最新のstory